参政党を支持する理由
より道しながら、参政党の良い点をたどってみる。
1. 自由をめざす.
参政党の出発点は「教育」だ。
出生率を上げる、ことを一番の政策にして欲しかった。
でも、確かに、学校は収容所みたいだった。偏差値教育、管理教育をやめて、子供たちひとりひとりの個性に合った教育をしよう、教育バウチャーみたいな補助で教育の枠をひろげよう、という提案はすばらしい。
エマニュエル・トッドさんは言う。
「新自由主義的な経済中心のグローバル化が国民国家を壊したのではない。逆です。国民国家が弱体化したから、それにとって代わるシステムとしてグローバル化がもてはやされたのです」
「どんな教育を受けるかによって人々が階層化されていることを指摘しました。こうした階層化が社会を解体し国の自壊を進め、グローバル化をまねいたと見ている」
さらに、
「日本が考えなければいけないことの一つは、国民の結束する力と帰属意識をどう結びつけるかということだと思います」
「能動的な連帯ということです。ただ単に伝統を維持するというだけではないのです」
なるほど、教育はだいじだ。
それに、参政党は、国、医療がmRNAワクチンの健康被害を救えていないことや、接種の自由意思が社会的にそこなわれていることに、「反ワクチン」「デマ」のレッテルを恐れず、はっきり声を上げた。
ひとりひとりの健康や生活、そして自由を守る意思を実践してみせたのだ。
中島岳志さんは政党を2つの軸で整理した。ひとつが「リベラル(寛容)⇔ パターナル(権威主義的・父権制的)」でもうひとつが「リスクの社会化(セーフティネットの強化)⇔ リスクの個人化(自己責任)」だ。
中島さんの図で、なんでもありの自由民主党がどこにでも顔を出すのはともかく、安倍政権や日本維新の会が「パターナル&リスクの個人化」で、共産党、社民党、立憲民主党、宏池会(保守本流)が「リベラル&リスクの社会化」に入るのがミソのよう。
「リベラル&リスクの社会化」はよさそうだけど、みんな大好き大平正芳さんならともかく、今の宏池会が「リスクの社会化」とは思えないし、あの「共産党、社民党、立憲民主党」がリベラル(寛容)なわけはない。「リベラルの敵はリベラルにあり」の後の方のリベラル(偏狭レフト)だろう。
つまり、「リベラル&リスクの社会化」の枠はすっぽりぬけていて、そこに入る政党が待ち望まれている。
候補はれいわ新選組と参政党くらいか。
れいわ新選組は、旧「新左翼」的な面や「飛行機墜落ジョーク」などの残酷さがあるから、リベラル(寛容)な肌合いでもない。
参政党。
実際、2022年参議院選挙大阪選挙区の油谷誠一郎候補は、困り切って流れ着く若い人たちを笑顔でひたすら世話している。ここでも実践が証明している。
油谷さんは街頭演説で、人はマイナスの状態では夢も語れない、なんとかゼロにまでたどりつけるよう、かけこみ寺のような人助けの仕組みを作りたい、と説いていた。
ゼロから自由が始まる、ということだろう。
参政党は、人々の自由を大切にする。
2. グローバリズムから逃げる.
ここでいう「グローバリズム」は次の3つだ。
「新自由主義」:緊縮財政(小さな政府)で市場の自由競争にまかせる。
「新保守主義」:民主主義を世界に押しつけ、内政干渉や直接的な武力介入をくりかえす、アメリカ合衆国の代名詞。
「新共産主義」:Political Correctness(ポリコレ)、脱炭素等の気候正義(Climate Justice)を振りかざし、国民国家を超えた全体主義的世界支配を求める動き。
日本に新自由主義を入れたのが橋本内閣で、中野剛志さんは「デフレ下におけるインフレ対策という愚行」と評している。
小泉内閣がおしすすめ、民主党政権も「国民の生活が」と言いながら、「第2の開国(TPP)」「消費税率の引き上げ」で同じ方向に走った。
アベノミクスは、はじめの金融緩和こそ効いたものの、財政拡大は1年だけ、さらに消費税を引き上げるというちくはぐな政策に終わった。
そもそも「富める者が富めば経済全体が良くなる」というトリクルダウンは成り立たないそうだ。
虎の威をかりると、参政党の新自由主義、IMF批判や松田学プラン(赤字国債による政府通貨発行)は、ジョセフ・E・スティグリッツさんの批判や日本への助言と合致する。
新保守主義者(ネオコン)がトロツキストの末裔だというのは面白い。
それはともかく、アメリカとの軍事同盟をだいじにするのはよいが、日本がほんとうの独立国になることを目指したい。
伊藤貫さんは、戦後、アメリカからの独立を真剣に考えたのは、石橋湛山さんと重光葵さんだけで、自民党政権は、アイゼンハワー大統領、ニクソン大統領時代のチャンスをつかもうともしなかった、となげいている。
ドナルド・トランプさんが大統領になっても、もちろん日本側はまったく動かなかったのだろう。
アメリカだけではなく、中国、ロシア(国連常任理事国)も国際法など守る気はないので、新保守主義とまとめて「新覇権主義」とするのがいいか。
新共産主義。かつて多国籍企業は、現地の人が主食作物を作っていた土地に換金作物を植えさせ、それが暴露されて悪名をはせたりした。
今では、脱炭素などの「正義」に乗って利権を得る体系が整備されたようにみえる。
佐藤仁さんは、「反対のしにくい『環境保護』の大義の下、地域の人々の生活が国家の枠組みに翻弄されて、人々と自然環境との関係がかえって悪化していくこと」を「反転」と呼んだ。
「国家」を「グローバリズム」あるいは「世界国家」と読みかえれば、まさにいま、世界中で「反転」が起きているのだ。
また、いうまでもなく、ポリコレは、アイデンティティ・ポリティクス、キャンセル・カルチャーと結びつき、型にはまったバラバラの「個人」が直に「世界国家」にぶらさがるディストピアの象徴だ。
「金太郎飴」世界革命をはかるのが、「新共産主義」なのだ(金太郎飴、ゴメン)。
さて、グローバリズムとは陰惨なイズムだが、対抗する政党があるのか。
積極財政という意味で「新自由主義」とは違う道を行こうとする政党はあるが、財政規律はいまだ大人気だし、構造改革と既得権益打破が同じ方向ではしかたない。
「新覇権主義」ではもちろん、アメリカ(からの独立)、中国、ロシアとの関係すべてをシビアに考える政党は見あたらない。
「新共産主義」にいたっては、わずかに自民党の一部が抵抗するくらいか。
参政党しかない。
参政党はグローバリズムに叛逆する。
3. 代表制を超えて.
「アラブの春」や「ウオール街占拠」など、2010年代に生じた直接抗議運動を、アントニオ・ネグリさんとマイケル・ハートさん(ネグリ・ハート)は、新自由主義の「帝国」に対するマルチチュード(支配された人々)の叛逆ととらえた。
参政党現象は、街頭演説と直接抗議という違いはあっても、これに似ていると思う。
アラブの春初期の、誰がリーダーかもわからないゆるやかな感じ。そして何より、いま、日本国民の多くはマルチチュードなのだから。
マルチチュードは「借金を負わされた者」「メディアに繋ぎとめられた者」「セキュリティに縛りつけられた者」「代表された者」として管理され搾取される。
「代表された者」とは、もはや議会政治=代表制(代議制)が機能しないことを意味する。
ネグリ・ハートはこう言う(以下抜粋)。
「選挙運動のコストがかさむ一方の状況では、人々が連合して組織を作って選挙運動のコストを共同負担する可能性が奪い取られてしまっている」
→ 参政党は、参議院選挙費用を党費、寄付、本等収益、講演会形式の政治資金パーティーで集めた。
「支配的なメディアは民主的な政治参加のあらゆる創発的形態に対して障害を創り出す」
→ 参政党は、党運営システムと街頭演説、YouTube、口コミ等のソーシャル・メディアによって、9万人のサポーター・党員を得た。
「支配的なメディアは、社会関係を本来の人々を結びつけるという性質から、恐怖に満ちた孤立へと変える」
→ 参政党は「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」街頭演説をし、候補者は自由の対義語が「恐れ」であることを知っている(ローレンス綾子候補、演説)
奇跡。
しかし、これから順調に国会議員の数を増やしたとしても、「帝国」に叛逆するのは難しい。
「代表制のシステムはそもそもナショナルなレベルで構築されたものなので、グローバルな権力構造の出現が代表制を劇的に掘り崩しているのだ。新しいグローバルな諸制度は、人びとの意思を代表するふりをすることすらほとんどない」
「新自由主義『帝国』は権力者のための秩序しか生み出さない。金融は政府を飛び超えて経済と社会を圧倒する」(ネグリ・ハート抜粋・改変)
生活の実権を取り戻すには、日々の実感や人々とのつながりから出発して、もっと直接に政治と関わるしか方法がない。
それを可能にするプラットフォームが参政党なのだ。
参政党の支部を中心とした議論や活動の仕組みは、いろんな可能性を持っている。
参議院選挙期間中にも、農業などについて協力しあうアイデアが語られた。政策立案や選挙にとどまらない「自主管理」も連想させる。
「帝国」に叛逆する人々は世界中にいる。
環境正義のため農地を奪われるオランダの農民、mRNAワクチン強制に抗議するカナダのトラックドライバーやニュージーランドのマウリの人々、アメリカのエスタブリッシュメント政治を止めるため、ドナルド・トランプやバーニー・サンダースに投票した「普通の人々」、偏狭なレフト(アメリカ民主党)からウォーク・アウェイした自由を求める人々。
参政党は、代表制を超えて進む。
参考文献
倉持麟太郎.2020.リベラルの敵はリベラルにあり.筑摩書房.
アントニオ・ネグリ,マイケル・ハート.2013.叛逆.水嶋一憲,清水知子訳.NHK出版.
佐藤仁.2019.反転する環境国家.名古屋大学出版会.
エマニュエル・トッド.2021.パンデミック以後.朝日新聞出版.

