ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人
1 参政党アドバイザー
「国史啓蒙家」の小名木善行さんは、参政党のアドバイザーであり、音声メルマガで日本史の講義をされている。
参政党は、国民が政治に参加するためには、政府・マスコミが発信しない「正しい情報・知識」を得ることが肝心で、その中核のひとつが歴史であると主張する。
したがって、小名木さんには、参政党党員への、しっかりした国史講義を期待したいが、そうはいかないようだ。
なぜなら、氏が語るのは、先行研究や正しいとされる(文法等の)既往知見を考慮する必要は無い、という、歴史学やその成果の解説とは異なるジャンルの話しだからだ。
小名木さん個人の活動をとやかく言うつもりはないが、参政党アドバイザー、音声メルマガ講師となれば、その見識は問わざるを得ない。
ここでは、主に「ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人」(彩雲出版)を題材に、歴史観の特徴を考えてみたい。
2 ユートピア史観
結論から言うと、小名木さんの歴史観は、
「日本は、戦後民主主義的な理想が、縄文時代から一貫して実現されてきた国だ」
というユートピア史観ではないだろうか。
・縄文時代は平和だった。→ 神武東征から「征服」と言えば話し合い。
・天皇中心の律令国家。→「政治権力を持たない最高権威としての天皇」が7世紀に確立。
・公地公民。→「権力者は天皇の民を預かり、彼らの生活を守る立場」に直結。
ずいぶん思いきりが良い。その結果、日本、日本人がやることはすべて平和的、民主的であるとみなされ、それに合わなければ、例外的とあつかわれるか無視される。
小名木さんいわく(当方による要約。以下同じ)「神武東征で殺戮は無かった。なぜなら神社や慰霊の跡が無いからだ。人柱を記録しているのだから、多くの戦死者があれば、慰霊について記録されているはずだ」(ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人「日本語の『征服』の意味」)
神社が建てられたのはいつからだろう。
それより、なんと平板なツマラナイ歴史ではないか。神武天皇は苦戦のすえ、ナガスネヒコを討ち滅ぼしたのである。
小名木さんいわく「戦前の満州や台湾、朝鮮半島も同じです。(中略)民間ベース、政治ベースで農地開発や公共工事等を行い、これらに従事する日本人を警護するために、あとから軍が進出していったのです」(同上)
「権益」、「外交問題解決の手段としての出兵」、「事件・暗殺」はどこへ消えたのか。
「すごいぞ日本人」に引用されている、自由社の「新しい歴史教科書」を読んで見よう(ただし検定不合格版)。
「日本では古代国家が完成し、律令制度が導入された政治のしくみが整いました。そののち天皇はしだいに政治の実権から遠ざかり、神々を祀る聖なる存在、あるいは国をおさめる権威となっていきます」
「しだいに」が重要なのではないか。「しだいに」を飛ばすとどうなるか。
後醍醐天皇を「中国の皇帝のようなお姿で描かれ」などと、さんざん揶揄したあげく、「後醍醐天皇を争点にし、批評・批判するつもりは全くありません」と注記することになる。(ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人「建武の中興と天皇の役割」)
ユートピア史観は、さらに、外国に対する日本の優位や対立関係を強調する。
「外国の施政者は支配者で民衆は隷属者、日本の施政者は天皇の民を預る責任ある立場」
「稲作の灌漑技術は日本発祥」
「春秋戦国時代のならず者の一部が日本に流れて来た。のんびりしていられなくなったので、弥生時代の土器や衣服が簡素になった」
内容の当否はともかく、小名木史観の特徴はひいきの引き倒しとも感じられる「強調」にある。
また、ひいきの引き倒し、としては、以下のような言い回しが頻出する。
「日本文化は、世界の良心の『最後の砦』」「(東北大震災で)日本人の美質が自然と発揮(中略)日本人のDNAのなせる業」
3 不正確な主張、不明確な論拠
ねずさんの学ぼう日本(ブログ記事、2022年7月29日)。
「歴史や古典といった分野に関しては、多くの場合、そこでいうソースや出典というのは、ただの『誰かの意見でしかない』ことが多いようです」
しかし「意見をもとに考えるのではなく、事実をもとに考える」と言う以上、その「事実」を明らかにした先行研究や「考え」(結論)のもととなる「事実」を指し示すことは不可欠である。
実際、小名木さんも「槍先型尖頭器」について述べるときには、相澤忠洋さんの研究成果を引用するのだ。
やはり、事実関係が不正確であっては困るし、独自説や一般的ではない説を主張する場合には、論拠や出典を明らかにすべきである。
例えば、不正確と思われる主張として、
小名木さんいわく「歴史の時代区分、古代と中世の境界は、記録がはっきりしているかどうかによる。記録があるにもかかわらず平安時代が古代に入れられるのは、近隣諸国条項による」(目からウロコの日本の歴史 CGS.ほか)
しかし、国史の古代、中世は、土地制度に基づいた時代区分(Wikipedia)。
原勝郎「日本中世史」は1964年。
近隣諸国条項は、教科書検定基準の「近現代の歴史的事象の扱い」についてで、1982年。
あるいは、
小名木さんいわく「仁徳天皇の時代、三国志、魏呉蜀の呉が朝貢した。これは日本が親分で呉の王様が下につくことを意味する」(ねずさんの学ぼう日本 2020年3月18日記事. ほか)
しかし、日本書紀の仁徳天皇58年10月「呉国 高麗国 並朝貢」のことなら、呉は宋(南朝)のことだ(t-tokさんブログ)。
この朝貢は日本が上、宋が下を意味しないだろう。
不明確な論拠の例として、
「秀吉が朝鮮出兵を行わず、日本の国力をスペインに見せつけなければ、どうなっていたことでしょう。明国がスペインの植民地になっていた可能性は非常に高いのです」(ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人「秀吉の朝鮮出兵」)
あるいは、
小名木さんいわく「神に近い高度な魂は、(障害を持つ)重い肉体に宿る、とするのが日本古来の考え方」(日心会公式チャンネル. ほか)
しかし、「日本古来の考え方」とするなら、出典や論拠を示してもらわないと、何を言っているのかわからない。
4 ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人
読んで気になった点をいくつか。
「三万年前の磨製石器」
小名木さんは、打製石器とされる槍先型尖頭器を磨製石器とみなす、と注記する。
両者は明確に区別できない、日本で旧石器時代の磨製石器が出土した、ことを理由とするが、槍先型尖頭器を磨製石器とみなす意味については語らない。
どうも、打製石器=旧技術、磨製石器=新技術、だから磨製石器が格上、と読めてしまう。
しかし、古くからの手法を使ったスゴイ技術、は当然あるわけで、槍先型尖頭器の「樋状剥離」は石の性質を理解した高い技術の現れと評価されている(朝日ぐんま)。
「漆と縄文文化」
漆、灌漑の技術は日本が最初なのに定説がくつがえらない、誤った教科書などの影響で、縄文人は鹿の毛皮をまとった半裸イメージのままだ、と小名木さんはなげく。
しかし、小名木さんが挙げる考古学の成果によって、漆塗の日本発祥説が有力になり、図解の縄文人は布衣をまとうようになったのではないか。
水稲の稲作技術が中国発祥のままなのは、日本の出現時期が弥生時代から縄文時代後期に変わっても、縄文時代の陸稲の理解が進んでも、定説を変える理由にはならないからだろう。
逆に、日本から世界最古のなんとか石器が出土と言っていても、外国でより古い石器が発掘されれば、最古ではなくなる、だけである。
また、縄文時代が文明と呼ばれないことに、非常に意図的なものを感じる、と小名木さんは書く。
しかし、文明の定義を挙げて議論してもらわないと、小名木さんの「感じ」が合理的なのか恣意的なのかわからない。
さらに、対人用の武器が「世界中でどこの古代遺跡からも必ず出土している」について具体的な説明が欲しい。
なぜなら、ネット検索をしても簡単には確認できないから。アルメニアあたりでたくさん出るらしいが、それが特異例なのかもしれない。
「菅原道真公の決断」
「菅原道真は唐との交易が盛んだったにもかかわらず、外国人による日本国内の殺人や強盗を防ぐため、遣唐使を中止し鎖国した。交易による利益を失った者の術策により失脚した」
しかし、菅原道真は、遣唐使を止めようと上奏しただけで、民間貿易は続いたのではないか。左遷は、権力闘争、右大臣にまでのぼり詰めてしまったためではないのか。
それとも、藤原時平は、菅原道真が遣唐使を止めようと言ったことを怨んでいた、という説でもあるのだろうか。
「明治維新と南北戦争との深いつながり」
アメリカ政府が、下田協約の銀交換比率と世界相場との差による巨利を得て、南北戦争の戦費やアラスカ購入費をまかなった、という話し。
しかし、小判・銀交換による利益総額が想定されていない。推定値は10万両から858万両と幅広いが、100万両を超えない推定が有力なようだ(村岡祥次さんブログ)。
幕末の1両の現在価値は4千円~1万円(貨幣博物館)なので、100万両×1万円としても、100億円である。
アラスカ購入価格は720万ドル、現在価値12,500万ドル(166億円)である。
南北戦争の戦費は、政府紙幣、所得税の導入、国債、政府赤字によっても賄われた(Wikipedia)。
参考文献
朝日ぐんま. https://www.asahigunma.com/kyodonootakara_7/
藤岡信勝. 2020. 検定不合格 新しい歴史教科書. 自由社.
村岡祥次. http://www.eonet.ne.jp/~shoyu/mametisiki/reference-14c.html/
小名木善行. 2013. ねずさんの昔も今もすごいぞ日本人. 彩雲出版.
t-tok. https://syoki-kaimei.blog.ss-blog.jp/2011-08-25/
